取締役 石井さん

兵庫県出身。昭和45年生まれ。木薫創業時に取締役に就任。
朝はミロ、昼は紅茶、夜はウィスキーを嗜む。

みんなの集合体が木薫になったんや

西粟倉に来て最初にお世話になったんが西粟倉村森林組合で、その時から木工をしてる。

元々ただのスーパーの店員やってんけど、田舎暮らしがしたくて仕事を探してる時に、森林組合が木工工場の作業員を集めてるって知って。
物を作るのが好きやったから、西粟倉に来てから7年くらいしてたんかな。
でも、森林組合で作ってた家具は道の駅で売ってるような民芸品みたいな物だったから、ずーっと赤字だったんよ。それで閉鎖してしもうて・・・。
実家に帰ろうかなとも思ったんやけど、田舎で子どもを育てたかったから、工場を借りて2年くらいは1人で木工やってた。
その時から國里君(木薫代表)と「自分らで何かしたいな」ってよく話しててんな。國里君は森林組合の林産部門で山の現状を見てたから、山が荒廃していくのをどうにかしたいって思っとったし、俺は工場やってたから(山から切り出された木材を)受け入れる器と(それを加工する)技術は持ってたんよ。

それで、山の林業から最後の出口までを一貫してできたらいいなーっていう想いからコンセプトができた。
そこに満之(森林班長)が「ほんなら俺も辞めるわ」って言ってみんなが集まり出して。だから、みんなそれぞれ考えがあったんやと思う。

最後は「森から子どもの笑顔まで」っていう流れの中にそれぞれが上手いこと組み合わさっていったんやな。そういうみんなの集合体が木薫になったんや。

ノミ

相手に対して合わせるような作り方をする

木を使っていろんな物を作って、最終的にお客さんのところまで持って行くまでが木工加工部の仕事で、商品のデザインや図面を描く作業もある。
お客さんと直接話すこともあるし、作る前からお客さんの顔が見えてて、その人の顔を思い浮かべながら物を作れるっていうのが案外楽しかったりするんやな。ものづくりが楽しいのって、自分が作った物がお客さんに喜んでもらえるかどうかっていうとこやから。

だから、作るときは「どんな人が使うか」って使ってる人の顔を思い浮かべながら作ってる。相手が何歳か、女性か男性かで、それぞれ微妙に違ってくるんやな。
保育用の家具やったら、子どもがメインだから全部カドを丸くして、触って痛くないようにすることは気をつけてる。相手に対して合わせるような作り方をするっていうんかな。

ボール盤

仕事を楽しむことのできる人がいいな

物を作ることとか子どもが好きって言う人はよく来るんよ。でも、あくまでそれは好きっていうだけで、それで仕事と直結するかって言ったらなかなか直結せんのや。
仕事としては単調やから、やってて嫌気がさしてくることもある。そこで、じゃあ嫌だからって手を抜くかって言ったら誰も手を抜いてない。みんな自分なりに「こうやったら楽しい」とか「見えないとこだけどちょっとした工夫を入れてみよう」とかって考えて、モチベーションを保ってるんやな。

木薫って最初からいろんなことをさせられるから、ひたすらこればっかりっていうのはない。
そういう時に上手く切り替えができる人はモチベーションをずっと保ててると思う。だから、どんな仕事でも楽しむことができる人とか、根でそういう気持ちを持ってる人はベストやな。
そいつらの集合体って強いと思うで。